身は書面を校閲するのが取り柄だ。

わたしはニュースを校閲するのがうりだ。ニュースとニュース結び付けるときの接続詞が間違って使われていないか、助詞の棄権がないか、というようなことをチェックするのだ。もちろん、今日挙げたサンプルは最も基本的なことで、校閲の中心となる仕事ではない。校閲の心髄は、言語のやり方の好き嫌いを見る、というところにある。うち例を挙げる。「檄を抜かす」という言語のことは「自分の見解に賛同を求める現象」である。ただし、一般的に思われているのは「元気のないヒューマンに刺激を与えて活気づける現象」である。こういう勘違いの根源で書かれたニュースを読んだこと、校閲家屋はアッという間にこういう誤用に気づかなければならない。そのためには「檄を抜かす」のことを正確に理解しておく必要があるし、筆者がいかなる目論見で「檄を抜かす」と書いたのかを推測しなければならない。因みに、年数図書の校閲となると二度と厄介なことになる。ニュース中に出てきた言語が、その時代に使われていたのかどうかを確かめなくてはならないからである。これを比べるにはサイトや図書を渉猟する必要がある。校閲家屋は豊富な知識を持っていなければならないし、出来事を徹底的に探し高める根性をも持っていなければならないのだ。http://tastyads.biz/